大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所松江支部 昭和33年(ラ)14号 決定

抗告人 石野利恵(仮名)

主文

原審判を取り消す。

抗告人が亡森田豊から本籍岡山県久米郡○○町○○一、二〇〇番地筆頭者石野利恵の子石野浩子の認知届出の委託を受けたことを確認する。

理由

本件抗告理由は別紙のとおりである。

記録によると、抗告人と本籍鳥取県○○郡○○村大字○○六番屋敷森田豊とは昭和一八年二月三日抗告人方で結婚式を挙げ、爾来同人方で内縁の夫婦として同棲中、同年一二月一〇日その間に長女浩子が出生したが、その頃抗告人の母と豊の祖母との意見が合わなかつたような事情から婚姻の届出もせず、浩子も豊がバスの運転手として不在勝なので抗告人の母が一応抗告人の子として届出手続をしたところ、豊は翌一九年一月三日召集となり、二〇年二月七日比島ルソン島で戦死したので、抗告人は豊の妻として遺族年金を支給されていること、豊は出征にあたり右婚姻届が未だなされておらず浩子がいわゆる私生子となつていることを非常に気に病み、一日も早く右届出をして浩子に肩身の狭い思をさせないようにすることを念願して後事を抗告人に托して征途についたこと、および浩子は豊の子であることに相違ないこととてその身分を明らかにされるよう豊の親兄弟も望んでいることが認められる。右事実関係からみれば豊が内縁の妻である抗告人に対し認知の届出の委託を明確に表示していないとしても婚姻の届出を希望して浩子等の後事を托した趣旨は浩子のため認知の届出をすることをも委託したものと解するのが相当である。

よつて右と異り本件委託のあつた事実が認められないとしてこれが確認の申立を却下した原審判は失当であつて、本件抗告は理由があるからこれを取り消すべきものとし、本件については、みずから事件につき審判に代る裁判をするのを相当と認め、家事審判規則一九条二項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 藤田哲夫 裁判官 熊佐義里)

(別紙)

抗告理由

原審判は事案の本質的な判断を誤り条理に則つた審判ではないと思われます。

即ち申立人と事件本人とが事実上の婚姻をなし夫婦として同棲中子浩子が出生した事実を認めながら、その届出委託の証拠不充分として却下された事は委託確認法規の本質をあまりにも狭義に解し、法的智識に乏しく且経済的にも弱者である一般庶民の基本的人権を無視されたものとしか思われません。

当時の事を静かに回想してみますと浩子の出生後数日を経ずして応召されたあわただしい状況の中にあつても常に妻子の事を心配し今後の事をあれこれと注意し頼んで行つた事件本人の面影が今でもありありと頭に浮びます。証拠として敢て求められるならばこの申立人こそ天地神に恥じない証人であると訴えたい。

委託確認の申立が却下され又認知の訴訟もすでにその時期を失している現在、申立人の怠慢は責められても余りあるものとは思いますが、一生を「父なし子」として暗い人生を送る浩子の前途を思う時今一度公正にして温情ある御判断を仰ぎ度くこの申立に及びます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例